彼ほど
勇敢な人間を
私は知らない。
けれど、
子どものころの彼は、
とても臆病者だった。
体も小さく、
しょっちゅう
いじめられていた。
彼の両親は、
そんな彼を心配して
山に登ることを教えた。
自然に触れて、
彼に強さを学んで
欲しかったのだ。
自然という
有能な教師に
鍛えられた彼は、
みるみる
たくましい
若者に成長した。
しかし、
若さが彼を
惑わせた。
彼は次第に、
危険な冒険をする
ようになったのだ。
危険と引き換えに
彼は自分が強いことを
証明したかった。
彼が求めて
いたものは
「強さの証明」
それだけだった。
冒険はそれを
自分に授けてくれる
と信じていた。
強さを
証明する
ためだったら、
彼は
死んでもいい
とさえ考えていた。
世間の人は
語り継いで
くれるだろう。
死をも恐れず
危険な旅をした
彼を勇敢だったと。
そして、
彼の強さを
称えるだろうと。
あるとき彼は、
これまででいちばんの
危険な冒険をはじめた。
誰も登った
ことのない
世界一高い山へ、
たったひとりで
登りはじめたのだ。
旅は困難を極めた。
彼は何度も
死にかけた。
死に物狂いで
山頂にたどりついたとき、
彼は、
足を一本と手の指を
すべて失っていた。
満身創痍の彼は、
これでもう死んでも
いいと思った。
死ぬことさえ
おそれない自分は、
世界一の強さを
手に入れたのだと思った。
しかし、山頂で
朝日が昇るのを
見たときに、
彼は悟った。
彼は、
生きて山を
降りねばならないと。
凍え切った彼を
暖かい陽の光が
照らしていた。
自分は、
生きているのだ。
あんなに
おそろしい道を
通ってきたのに、
まだ生きているのだ。
なぜだ。
なぜ生きている。
それは、
彼が勇敢で
強いからじゃなかった。
自然が彼を
生かしたからだ。
どんなに
凍えようとも、
陽の光が
彼を温めたからだ。
自然はやはり
有能な教師だった。
彼は、
自分を死なせては
いけないと思った。
自然が彼に教えた
ほんとうの強さは、
「自分を愛する」
ことだった。
by John.K